とある映画の感想。

撮影中も、公開開始も話題になってた
地元が舞台のとある映画。
おもしろいよー、と聞いていたのだけど、
見たい見たいと思いつつタイミングを逃し続けて
ようやく、じわじわと見終わったところ。

でも、すごく、困っちゃった。
よかったところをピックアップして、
「よかった」って言うのはかんたん。
実際、「ああ、いいなあ」って思ったとこもあった。
だけど、「ありえない設定」「矛盾する表現」は、
物語世界の根底をくつがえしてしまって、
「ああ、これ、作り話だったっけな」と
冷めた目になっちゃって入り込めなくなっちゃう。

残念。
個人的には、偏執狂的に
ディテールが「注意深く」作られた作品が好きです。
見えない部分、描かれていない部分もイメージで補完できるような。

なんというか、作家や、監督は
その作品世界を好きに左右できる
「神」のような存在ではなく、
その作品世界の存在を知り、人に伝えることができる
「伝道師」のような存在である、と思っています。

なんだろうな、作品世界への敬意?
ごにゃごにゃ、考え中。
emix | 映画 | 05:56 | comments(3) | - | - | - |

WIN10で、PDFファイルを今までどおりに開くように戻す方法。

自分の作業の備忘を兼ねて、win10に翻弄されているお仲間にシェア。

「pdfが勝手にMicrosoft Edgeで開くようになっちゃったんで、
Acrobat Readerに戻したいのにpdf書類を今後ARで開く、って設定しようとしたら
『できません』って拒否られた。何」というケース。


左下の窓マーク→設定→システム→規定のアプリ→ファイルの種類ごとに規定のアプリを選ぶ
→.pdfの項目がedgeになっているのをAR(または自分が使ってきたほかのやつ)に選択し直す→おしまい


単に、pdf書類をAcrobat Readerで開いたときに
「今後pdfをこっちで開く?」というとこで
OKしても変更ができない、というのが
ちょっとあさっての方向への進化をしたところ。

ちなみにブラウザがIEだったのにいつのまにか勝手にEdgeになってた、
というケースもこれと同じルートで変更できます。

というか、Edgeのロゴを見て当初
「あ、これはIE新バージョンのロゴなのね」と
誤解をしちゃったのですよね。
これも微妙に要注意、って感じです。
emix | TIPS | 22:16 | comments(0) | - | - | - |

IEが「プログラムのアンインストール」からしにくくなっている件。

FIREFOX使ってるし、IE入ってるけど使わないから
更新プログラムが入ってくるのはムダだなあ、と思って
削除しちゃえ、と古来からの手段(コンパネ→プログラムのアンインストール)で
削除しようと思ったら、IEが、ない。あれー。

どうやら、なんか組み込まれたかなんかで隠れたとこにいっているみたいです。
グーグル先生に聞いたら知恵袋を紹介され、それで解決したので備忘にメモ。
まったく、こういうことするからMS製品はついつい疎遠にしてしまうよ……。

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スタートボタン→コントロールパネル→プログラム→
プログラムと機能→左にある「Windowsの機能の有効化または無効化」
→ポップアップが開くので「Internet Explorer 11」のチェックが入っ
ているので、そのチェックを外す→OK
左側の「インストールされた更新プログラムを表示」をクリック→
「Windows Internet Explorer11」をアンインストール→再起動する

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出典:
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14119786104
emix | TIPS | 11:24 | comments(1) | - | - | - |

ほねおしみ。

更新ストップに特にネガティブな理由はなかったのだけれど、
ふと見返したら、さみしい系の記事で止まっているのはよくないな……と思って、少し、更新。
さみしいことはあったけど、それはそれとして、いいこともいろいろあるのでげんきです。


ほぼ日刊イトイ新聞、昨日の「今日のダーリン」。
この方の書く文章はいつもとてもすきなのだけど、
何がいいのかとぼんやり考えてたら、つまり、
「人を動かしてやろう」というシタゴコロが見えないからなんだな、と思いました。

「言葉を素直に聞けるくふう」。
いいものの中にあるのは、テクニックよりもマインドで。
結局、人と人との対話と同じことだなあと。

「骨惜しみしない」ということばが
とても魅力的に見えた日。


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・なにを、どうすればうまくいくのか?
 いろんなことで、よく質問されます。

 ぼく自身の、なにがどううまくいっているのか。
 それとも、なにかがどんなふうにうまくいってないのか。
 あんまり意識してないような気がします。
 ただ、ぼくも「うまくいってる」ものに興味はあります。
 だれだって、そうでしょう。

 いまイチロー選手が、ヒットを打ち続けています。
 ここ何年かのトンネルを抜け出たみたいです。
 どういうことで、そうなったんだろう。
 いやもっともっと遡れば、
 イチローという選手はどうしてイチローになったのか。
 みんなが知りたがってきたし、多くの人たちが、
 それぞれにいろんな答えを想像してきています。
 
 ある業種のある会社が、とてもうまくいっている。
 同じように見える別の会社は、うまくいってない。
 また別の会社は、どっちとも言えないような感じ。
 だれだって思いますよね、どうしてなんだろう。
 うまくいっている会社にあって、
 他の会社になかったものとはなんだろう。
 それをタネにして、ビジネス本がたくさん出ます。
 
 あるいはまた、すっごくモテてる人がいます。
 そうでもない人とか、モテない人もいます。
 モテてる人は、どうしてモテてるのか。
 そういうテーマの雑誌やら書籍やらも、山ほどあります。
 
 いろんな局面で人は、だれがどうしてうまくいったのか、
 ひっきりなしに考えてきているのです。
 その推理や想像そのものが愉しみでもあるし、
 そのことがわかったら、じぶんもうまくいきそうですし。
 
 ずいぶん長い前置きをしましたが、ぼくはもう、
 わかったと言っていいんじゃないかと思うのです。
 これが鉄則だと思いますし、これでいいんじゃないか。
 「とにかく、骨惜しみをしないものがうまくいく」
 この一行のために、骨惜しみせずに39行ほど書きました。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
骨惜しみしないとは、すなおに、すぐに、すっとやる‥‥。 

emix | 雑記 | 06:10 | comments(0) | - | - | - |

軽々と訪れる死、その命の「軽くなさ」。

先日、それまで健康万端、元気横溢にはずんでいたいのちが
瞬時に失われてしまう事故現場に居合わせた。

悲しいとかより先に、
あまりの、その訪れの簡単さ、軽さに、
しかし、いなくなってしまったものの存在感との不釣合いさに
呆然としていた。
こんな、重大なものが、あっけなくゼロになってしまうのか、と。

なんだか派生して、
たぶん、空襲を受けたときに生き残った側の人は
こんな感覚なのだろうと思った。
私の居合わせた場所は戦場めいた場所ではなかったけれど、
明るい日差しと楽しい時間の中、という場に訪れた突然の惨事に、
夏の日差しの中で鉄の雨に打たれて……という「さとうきび畑」とか、
夏の真昼に爆撃を受けた、「夏の葬列」のヒロ子さんのこととかを
連想をしたのだと思う。

そんなことを考えていて、さらに連想したのは
漫画「夕凪の街 桜の国」。

生き残ること、死ぬほうに選ばれなかったこと、
そこに、意味を考えはじめている。

積極的に「死なないようにしよう」という努力をしていなかったくせに、
訳もなく大丈夫だったということへの、薄く淡い罪悪感。
その薄さ淡さゆえの、居心地の悪さ。

ごめんなさいでも、ありがたいでもない、
なんともいえない不定形な気持ちが、
「ここに意味を見出さなければ」という方向に
心を動かしている。

ひとの感情というものは、不思議だなと思うことです。
emix | 思うこと | 17:44 | comments(0) | - | - | - |

続・10月9日に読み始めると味わい深い本。

10月9日に読み始めると味わい深い本。
http://blog.emix-express.com/?eid=336
の、続き。

おもしろいよなあ、読んだ人まわりにいないし
ネットの感想を見てみよう、と思って検索したところ、
あれれ、案外印象の違う人が多い、とびっくり。
いわく、「もっと面白いと思ってた」
「犯人が簡単にわかった、意外性がない」
「推理に無理がある、トリックの必然性が薄い」
などなど。

一瞬むっとして、あ、と思った。
そして、作者のにやりとした笑いが見えた気がした。
そうか、そういう作品か。

たぶん、この物語の読後に感じる「こわさ」の本当のウェイトは、
猟奇的な事件やそういうことを行う人間の存在のほうではなく、

作中で「謎を解明していく謎解き役」である式部さんが感じる
「この島の人間は、決して余所者に本当のことを言わないのだ」
という思い。そして、彼はそれを感じたはずなのに
表面上では、ちゃんと島の人と会話は成立していく=
そこそこのコミュニケーションはとれていく中で、
「いつのまにか彼らの言うことを信じていた」という
「何が本当かわからない」という、感情の「迷子感」

…のほうにあるのではないかな、と思います。

そして、その「不信」の関係は、
島の人と余所者(式部さん)という関係だけでなく、
登場人物たちと読者たる自分、の関係にまで広がっていく。

終盤、とある、第二の謎解き役である島の人によって語られる、
「これは確定事項で疑念をさしはさむ余地はありません」という言葉、
「本人の証言を待たなければわからないことを訊ねないでください」という言葉。

もちろん、「事実」として作者が書き記す内容に嘘があることはない。
だけれど、「この登場人物の推理が正しい」と、どうして私たちは信じてしまったのか?
そこに、信用に足る根拠はないことに気づかされる。


そしてもうひとつ、「罪と罰の辻褄が合ってしまうとそれ以上考えなくなる」という
心理装置の存在。それを「余所者」としてはじめはおかしいと思っていた式部さんが
それに思い切り巻き込まれることで、同じ場所にはまってしまうこと。

同じく、第二の謎解き役による、
「すべての条件を満たす犯人はこの人しかありえません」という推理。
しかし、その「犯人」は、この第二の謎解き役の人の知らないところで
犯人が言うはずのないことをぼそっと言っているシーンがある。


それによって、「犯人はこの人で、トリックはこういうこと」と示されたものが
「謎とトリックの辻褄が合っただけで、それが真実とは断定できない、と気づかされる。

これらのことによってラスト、すべてが解決したと思ったところで
「信用できるのは、自分がちゃんとした観察眼で判断したこと、自分が直接見聞きしたものだけなのだ」
という振り出しに放り出されてしまう。カタルシス据え置き。


だから、ネットで見かけた「違う印象」は、ある側面から、正しい。

「もっと面白いと思ってた」
「犯人が簡単にわかった、意外性がない」
「推理に無理がある、トリックの必然性が薄い」

そう。もっと面白いはず。……だって「最後」までまだ読んでいないのだから。
犯人が簡単にわかった、意外性がない。……うん、そこ、ひっかかる。
推理に無理がある、トリックの必然性が薄い……「謎解き役」が語る推理が正しくない、
トリックが正しくないとしたら?
だってそもそも式部さん、「自分は探偵みたいなことをしているけれど、探偵じゃない」と
最初から自分の立ち位置を明らかにしているわけで、ここでも「振り出しに戻される」感。

と、いうことなのだと感じます。
おもしろい。うおお。

もう何度読み返したかわからないくらいですが、
今のところ、私の中で「第一の犯行」の犯人と「第二の犯行」の犯人は別の人で、
第一の犯人はあの人で、第二の犯人は、その人をずっと観察していたあの人で。
その仮定の上、そもそも、謎の基盤となっている「黒祀」の
「語られていない部分」を探し出して補完しつつ、
まだ、ゾクゾクしながらこの本を楽しんでいます。

今のところの最大のゾクゾクは
「この祭祀のありかただと「それ」が重複して存在する時代があり得、
その結果「それ」が野に放たれる可能性がある」というところ。
また、この家に生まれたときに「それ」のことを聞かされるわけで、
ある意味、とある衝動への免罪符を環境的にも心理的にも与えられるということでもあり、
その結果、誰もが「それ」になるともいえる、とも言え……。
その可能性を当てはめて読み直しているところです。

なんだか、ちょっと派生して
「人のはなしを鵜呑みにしていては
楽しめないし、間違うし、真実を見つけられない。
その結果、不満を言ったり、さげすんだり、愚痴りにつながる。

それはとても、つまんないし、もったいない人生だ、
そう思ったりもしました。


ともあれ、もうちょっといろいろと「可能性」をトレースするあそびを続けて、
最終で、「では、このあとどうなるか」と、物語の未来を考えるあそびをする
楽しみがまだ残っています。
最後に再会したあの人が、何を語るのか、どう行動するのか、
そして、真犯人(と私が目する人)は次に何をしようとするのか。


この一冊でたぶん、私のペースではまだ何年か楽しめるなあ。
反芻して楽しめる本に出会えて、しあわせです。
emix | | 05:52 | comments(0) | - | - | - |

10月9日に読み始めると味わい深い本。

本は、作中時間と合わせながら読むと、
肌で感じる気候や空気がシンクロして味わい深い気がします。

ちょうど、小野不由美の「黒祀の島」。
作中時間は10月9日にはじまり、
時系列どおりにすすみ、1週間くらいで最後に至る。

ちょうど、今の予報を見ていると、天気も近いものがあり、
この作品の「怖さ」がリアルに味わえるかもしれません。
可能であれば、島、もしくは海の近いところで読めばさらに近づくけど、
まあそれは難しいな、と思うのだけど。
日を合わせてゆけば、少しずつ読めて時間も作りやすそうだし。

日付とページ数、ちょっと確認してみた。

10/09 p005-043(038)
10/10 p043-068(025)
10/11 p068-095(027)
10/12 p095-202(107)
10/13 p203-257(054)
10/14 p258-337(079)
10/15 p338-366(028)
10/16 p367-402(035)
10/17 p402-420(018)
10/18 p420-474(054)
10/19 p474-479(005)

※カッコ内はページ数

毎日1日ぶんずつ読むにはおおむね少ないくらいなので、
負担はない(むしろ物足りない)くらい。

ゆっくりじっくり読書を味わいたい方、
よろしければご一緒にどうぞ。

emix | | 20:08 | comments(0) | - | - | - |

おぼえる・わすれる

毎日、起きている間のぶんだけ、インプットがある。
それは、毎日、毎日、蓄積する。
ぜんぶを取っておく、つまり「おぼえておく」ことは、難しい。
だから、「おぼえておくこと」「わすれてすてること」を
取捨選択して、毎日を続ける。
意図的にも、無意識的にも、自然淘汰的にも。


なのに、
「おぼえておきたかったことなのに、わすれてしまった」
「わすれてしまいたいことなのに、いつまでもおぼえている」
ということが、たくさんある。
ことによると、わすれたことさえおぼえていない。
これは、じぶんコントロール上、「失敗」だ。だいしっぱい。

そう思うと、失敗の蓄積で「今」が組み上がっている訳で、
これではいけない、と思う。

どうしてそういうことになるのか、と考えると、
「とりあえずとっておく」記憶が多いからだ。
その「とりあえず」が換気を悪くして、失敗につながる。
取捨選択は、その瞬間瞬間のうちにおこなって
風通しをよくして、クリアな頭にしないと。

と、考えていると、パソコンのHD内と
のうみその記憶領域とは、よく似ているなと思う。
あと部屋のなかと本棚と。

整理整頓のキモは、みんな共通。
emix | 雑記 | 13:24 | comments(0) | - | - | - |

「ちゃんと」、争う。

争いや言い争いは、ないほうがいい。
だけど、自分の主張を表現することはやめられない。
目的は何なのか、それが必要、不要を分けるラインだ。

ふむふむ思った記事。
http://diamond.jp/articles/-/73861

批判(文句)も同様で、
何の目的の批判なのか、ということを
考えてみないとな、と思う。

少なくとも、
「私はあの人より、ましだ」
という感情に基づく批判、文句はやめよう。
浮かんだとしても、表に出さず、
穴を掘って埋めておこう、と思う。

これは差別(選民思想)とつながる行動だという気もする。
だから、特に、注意深く。

自分の「怒り」をちゃんと見つめて、
ちゃんとした怒り、ちゃんとした争いは避けずに、
戦うべきときだけはちゃんと戦おう、と思った。

その「見極め」が、
怠惰でもなく、妥協でもなく、いわゆる平和ボケでもなく、
本当の、積極的平和につながるはずだ、と信じて。

emix | 思うこと | 05:43 | comments(0) | - | - | - |

便利と傲慢と

「便利さ」というのは、
「当たり前」「普通」と扱った時点で
「傲慢さ」に化けるのだ、とあらためて思った。

便利は、すてき。
すてきだからこそ、
傲慢なものにしてはいけないし
そうしないための努力を
自問しつつ、想像しつつ、
続けないといけないのだと思う。

正義とか、平和とかも、これに
似ているかもしれない。

正義も、平和も、すてき。
だからこそ、視野狭窄にならないようにしなければ。

「みんな違って、みんないい」、
「万能薬なんて、ない」。

臆病な謙虚さではなく、
「ひとりひとりのひとは、
ひとりでは全く、至らない存在なのだ」と
言い切る強さを持って。


emix | 思うこと | 19:21 | comments(0) | - | - | - |
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