IF

選ばなかったもの、
そっちの目が出なかったもの、しなかったこと、
そんな、生まれなかった・実現しなかった物事たちのある
「IF」を時々考える。

詮ないことと思いつつ、ナンセンスなことと思いつつ、
しかし無意味なことではないと考えながら。

で、思いめぐらせていると、その途方のなさにくらくらする。

それだけのことで特に含みはありませんが、
ふと、「将棋で先の手を読む」ことに似ている気がしました。
emix | 雑記 | 14:45 | comments(0) | - | - | - |

ほねおしみ。

更新ストップに特にネガティブな理由はなかったのだけれど、
ふと見返したら、さみしい系の記事で止まっているのはよくないな……と思って、少し、更新。
さみしいことはあったけど、それはそれとして、いいこともいろいろあるのでげんきです。


ほぼ日刊イトイ新聞、昨日の「今日のダーリン」。
この方の書く文章はいつもとてもすきなのだけど、
何がいいのかとぼんやり考えてたら、つまり、
「人を動かしてやろう」というシタゴコロが見えないからなんだな、と思いました。

「言葉を素直に聞けるくふう」。
いいものの中にあるのは、テクニックよりもマインドで。
結局、人と人との対話と同じことだなあと。

「骨惜しみしない」ということばが
とても魅力的に見えた日。


-------

・なにを、どうすればうまくいくのか?
 いろんなことで、よく質問されます。

 ぼく自身の、なにがどううまくいっているのか。
 それとも、なにかがどんなふうにうまくいってないのか。
 あんまり意識してないような気がします。
 ただ、ぼくも「うまくいってる」ものに興味はあります。
 だれだって、そうでしょう。

 いまイチロー選手が、ヒットを打ち続けています。
 ここ何年かのトンネルを抜け出たみたいです。
 どういうことで、そうなったんだろう。
 いやもっともっと遡れば、
 イチローという選手はどうしてイチローになったのか。
 みんなが知りたがってきたし、多くの人たちが、
 それぞれにいろんな答えを想像してきています。
 
 ある業種のある会社が、とてもうまくいっている。
 同じように見える別の会社は、うまくいってない。
 また別の会社は、どっちとも言えないような感じ。
 だれだって思いますよね、どうしてなんだろう。
 うまくいっている会社にあって、
 他の会社になかったものとはなんだろう。
 それをタネにして、ビジネス本がたくさん出ます。
 
 あるいはまた、すっごくモテてる人がいます。
 そうでもない人とか、モテない人もいます。
 モテてる人は、どうしてモテてるのか。
 そういうテーマの雑誌やら書籍やらも、山ほどあります。
 
 いろんな局面で人は、だれがどうしてうまくいったのか、
 ひっきりなしに考えてきているのです。
 その推理や想像そのものが愉しみでもあるし、
 そのことがわかったら、じぶんもうまくいきそうですし。
 
 ずいぶん長い前置きをしましたが、ぼくはもう、
 わかったと言っていいんじゃないかと思うのです。
 これが鉄則だと思いますし、これでいいんじゃないか。
 「とにかく、骨惜しみをしないものがうまくいく」
 この一行のために、骨惜しみせずに39行ほど書きました。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
骨惜しみしないとは、すなおに、すぐに、すっとやる‥‥。 

emix | 雑記 | 06:10 | comments(0) | - | - | - |

おぼえる・わすれる

毎日、起きている間のぶんだけ、インプットがある。
それは、毎日、毎日、蓄積する。
ぜんぶを取っておく、つまり「おぼえておく」ことは、難しい。
だから、「おぼえておくこと」「わすれてすてること」を
取捨選択して、毎日を続ける。
意図的にも、無意識的にも、自然淘汰的にも。


なのに、
「おぼえておきたかったことなのに、わすれてしまった」
「わすれてしまいたいことなのに、いつまでもおぼえている」
ということが、たくさんある。
ことによると、わすれたことさえおぼえていない。
これは、じぶんコントロール上、「失敗」だ。だいしっぱい。

そう思うと、失敗の蓄積で「今」が組み上がっている訳で、
これではいけない、と思う。

どうしてそういうことになるのか、と考えると、
「とりあえずとっておく」記憶が多いからだ。
その「とりあえず」が換気を悪くして、失敗につながる。
取捨選択は、その瞬間瞬間のうちにおこなって
風通しをよくして、クリアな頭にしないと。

と、考えていると、パソコンのHD内と
のうみその記憶領域とは、よく似ているなと思う。
あと部屋のなかと本棚と。

整理整頓のキモは、みんな共通。
emix | 雑記 | 13:24 | comments(0) | - | - | - |

書けなかった理由。

なんだか日記が、ずいぶん書けずにいました。
いろいろ理由はあるのだけれど、
一番大きなものは、
「書くと、ネガティブなことを書いてしまう」状態だったから。

いっぱい、腹を立てていました。
たとえば政府に。たとえば市民活動家に。企業に。人に。
そしていちばんは、腹を立てている自分に。

すすまない原発の廃炉。
すくわれない東北。
虐げられる弱者。
それでもまだお金稼ぎをしようとする経済界。
言い訳をする人。責任転嫁をする人。
狡い人。嘲笑う人。
正義を標榜して、人を見下す人。

……ああもう、気分悪い!!!

ってな、気持ちになっていました。

そして、そのうえで、
いちばんは、
「そんな人になりたくない」
「同じ過ちをしたくない」と、
身動きがとれなくなって、
何もできていない、自分。

ベストを尽くしたくて、
過ちをおかしたくなくて、
動けない自分。
そして動かないことで、
ベストも尽くせておらず、
過ちもおかしている。

そこから、見えてきたこと。

平和と博愛、というのは
むりです。

できると思うと、大過をおかします。

わたしとわたしの家族、ともだちの平和。
わたしとわたしの家族、ともだちへの愛。

そんな小さな枠の中でしか、
わたしの手と意識は届かない。

さいきん、ソーシャルなんたらのお陰で
せかいの目の届く範囲と、「ともだち」の枠がぐっと広がりました。
それは嬉しい。でも、私の「可能」の枠には、過ぎたものでした。

一番大事なものをちゃんと大事にできるように、
狭い平和と、卑小な愛のために、
等身大の小ささで、見つめ直していきたいと
思っています。

黒電話がいとおしい最近。
あの「誰からの着信か分からない」感覚、
「かけた家電に、誰が出るか分からない」感覚、
「つながらなかったとき、あきらめる」感覚、
「話し中だったとき、相手の状況を考える」感覚。

不便で不自由で、幅広かった。

便利なものは、便利ですてきなんだけど、
不便なものも、やっぱりいとおしい、私。

つまり、「選ぶのは、わたし」という線は
誰にもゆずれないし、誰にも干渉されたくない、
ということなのだと思われます。私の本心。
emix | 雑記 | 15:50 | comments(0) | - | - | - |

「よい」と「よかれ」。

ふっと思った。

「よい」と思うことは、すぐやろう。
「よかれ」と思うことは、一拍おいて
「すぐやる」ことのほうを、やめよう。

……「よかれ」と思うことって、だいたい
「酔っぱらった時に浮かぶグッドアイデア」みたいなもんで、
ひとは喜ばず、じぶんが喜ぶだけのものだったりしがちだし、
ぜんたい、「よいと思うこと」を
頭に浮かんだときにひとつひとつやっていくだけで、
じゅうぶん、時間もカラダもこころも、めいっぱい。

「よい」と「よかれ」を見極めて
ちゃんと取捨選択していけば、
もうちょっと私は、時間がうまく使えるように
なるかもしれない。
emix | 雑記 | 19:33 | comments(0) | - | - | - |

やさしさ考2014。

最近認識したのだけど、
きらいなもののひとつは、

注意力散漫

でした。

そして、それを自責しないこころ。
原因は外にあるのだと転嫁するこころ。

誰がそういうひとだ、だからきらいというのではなく、
自分のなかにもっとも生まれがちなもので、
それゆえに、自分のなかのそれを憎み、
それを持つひとにやさしくなれない未熟を備えてる。

自分のなかのそれをなくせれば、
ひとのなかのそれを、
ゆるせる心境になれるのだろうと思う。

やさしくなるには、こころの修養がひつよう。

やさしさは、天然自然の素質じゃなくて、
とても意識的な願いと寛容から
後天的に生まれるものだと思うのです。

やさしさは、個の中で完結するものではなく、
社会性だから。

emix | 雑記 | 06:37 | comments(0) | - | - | - |

人間より、動物寄り。

賞味期限と国境線は似ている。
どちらも人間が勝手に引いたラインで、
自然の営みや摂理とはまた、別なもの。

つまり、私は、食生活が豊かで、幸せ。
emix | 雑記 | 17:48 | comments(0) | - | - | - |

そこにあるのに、伝えられないものごとたち。

最近深く感じ入ること。

呼び水を注ぐように場を整えなければ語られない話題、
同じ空気を共有している場でのみ伝えられるメッセージ、
無関係とも思える長いたわいのない話があって、
そのはてにちょっと差し込まれる本音の片鱗。

とても得難い話たちで、
かつ、ひとに伝達するのが難しい話たち。


口伝のかたちで伝えられることの背景に必ず徒弟制があるのは、
「場と時間」というファクターが不可欠だからなんだろうと思う。

あるシンガーソングライターのひとが
「言葉は何て迫力がないんだろう、言葉は何て弱いんだろう」って歌っていた。

言葉が身近だからこそ、
言葉に深く接しているからこそ痛感する「無力感」。


伝えたいのに、知らせたいのに、
それができない、大事で大切で素敵なものごとたち。


もどかしいと思っていたのだけど、
最近になって
まぁいいや、これは私の拾得した「GIFT」だ、
私だけの幸運だ、と開き直ることにしました。


この「伝えたいこと」を
あえて簡単にひとことで書くとすれば、
「ごはんがおいしくて幸せ」です。

「伝わらないということ」が、伝わりますように。

----------

※GIFT という表現については、
星野道夫さんの友人のブッシュパイロット、ドン・ロスさんの
ことばのイメージを大いに重ねています。「旅をする木」参照。
(英語表現で、そういうのがあるのですかね。そのへんは未調査)

emix | 雑記 | 07:26 | comments(0) | - | - | - |

ふろしきをたたむ。

やりたいこと、気になることに対して、
動かす手も足りないし考える頭も足りないし
配るべきこころも足りない。
最後のがいちばん傷がふかい。

ということでふろしきを畳む方向で
じぶんのスケールとの調整をはかる年にします。

こころの自由さ、広がりは無限のようだけれども、
やっぱり、からだと密接につながっているもので、
質量保存の法則のなかにあるのだと
あらためて思います。

もしかしたらその頚木さえすっとばしている
ひともいるのかもしれないけれど、
それは私の場合には当てはまらないと自覚。

ちいさな器と、
ささいなことと、
かすかな動きと。
そんな世界をこそ
我が身のうちに。

emix | 雑記 | 05:50 | comments(0) | - | - | - |

1がつ1にち。

素直でないおへそを持ってしまったので、
どこに区切りを持つか、なだけかなあとも思ったりしますが、
「思い立ったが吉日」のひとつということで、
1月1日というひとくぎりの日を、
有効に使ったり願ったり大事にしたりしようと思います。
(昨日のはなし)

昨日が、みんなそれぞれにとって
よい節目になりますように。
emix | 雑記 | 20:31 | comments(0) | - | - | - |
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