けだものだもの。

すきになることはかんたんで、
だいじにすることはむずかしい。
けだものだもの。

----------

※「オマージュ」の、わるい例。
emix | 詩のようなもの | 19:47 | comments(0) | - | - | - |

さからう正しさ

これでいいのか
目を反らす余白を作る生き方で
ほんとうにいいのか

ほんとうは
いいのか、と疑問を抱く時点で
「よくないけど今現在、許容しちゃっている」
という現状を把握している

だから、やっぱり、よくないのだ
答えはでている

だからやめよう
そしてふみだそう
「進むのは躊躇するけど
正しいと感じる道」へ

-----

ダイレクトに言えないことが多いので、
婉曲に違うことをたくさん言う最近。
emix | 詩のようなもの | 18:24 | comments(0) | - | - | - |

なにか言うべきことが

ひとがいなくなりかけていて
わたしは何もできない
何も言えない
何も言えないということすら
言えずに

ただ困って
ないたりわらったりするしか
できなくて

今やることはあるんじゃないかとか
今しかできないことがあるんじゃないかとか
頭の中を
ぐるぐるめぐるのだけど

やっぱり言葉にできるのは
ふつうの、いつもの言葉だけ

結局
またねといって
帰ってきてしまった

でもやっぱり
なにか他にあったんじゃないか
なにか他にあったんじゃないか

なにかあったんじゃないか


やっぱり
なにか言わなきゃ後悔する
なにかがあったんじゃないか

ぐるぐるめぐりつづける
emix | 詩のようなもの | 18:15 | comments(0) | - | - | - |

現代さんへのメッセージ。

現代よ
あなたは自らを
先端と言うけれど
つまりは一番
後発だということを
忘れてはいけないと
わたしは思う

あなたの理解できないことに
あなたはもっと
慎重であるべきだ


現代医療よ
わたしの敬愛する
巫女たちの感覚を
病気だ障害だと
断ずることはやめてくれ

現代科学よ
わたしの憧憬する
生き物たちの力を借りる
昔からのくらしを
狭い範囲の価値観だけで
切り捨てることはやめてくれ

現代経済よ
わたしの納得する
一歩ずつの手段や方法を
迂遠で不経済なものと
淘汰しにかかることはやめてくれ

どれも
よくもわるくも
あなたの手に負えないものなので
あなたの手出しは
必要ないのだから

とりあえず
数世代、たとえば七世代をかければ
あなたにも
理解してもらえるとおもうのだけれど

-----

なんか、昔にかいた「どんどん便利になる世の中よ」の
兄妹っぽい、詩のようなもの、です。

七世代については、別の場所にこんなことを
かつて、書きました。

かまどの家メルマガ 2013年処暑号
http://kamado.exblog.jp/17897311/
emix | 詩のようなもの | 13:47 | comments(0) | - | - | - |

敵とわたし。

こんにゃろう と
力任せにブーメランを
ぶん投げて

それに
がつんと
後頭部を強打されるような日々。


でも、
だからといって

「こんにゃろう」という気持ちから
ただ心を塞いではならない気がして
また投げて

そしてやっぱり

がつんと打たれる感触に

誰かに向けてぶつけようとしたはずの怒りが
自分に向かってぶつかってくる感触に

重要な何かを学ぶ日々。


こだまでしょうか

いいえ誰でも。


-----

※最後の2行は、金子みすずさん。


emix | 詩のようなもの | 06:16 | comments(0) | - | - | - |

しあわせひとつ。

いちにちに一回、かおをあらう。

ともだちがつくったせっけんで。

共通のともだちが「あなたに合うとおもって」と
プレゼントしてくれたせっけん。

かすかにカモミールが香る。


ひとなでで、ぬるっとほどよく
せっけん分が手にうつる。

その濃やかなちょこっとのせっけん液を、
あまり泡立てずにさらっとこすって、あらう。

うすいからこそ、気持ちよい。
脂も垢も、根絶するものじゃなくて
カドをとるくらいでいいもんだ。

いちにち一度の、
ごくうすいせっけんでの、かおあらい。

わたしのいちにち一回のぜいたくで、
しあわせひとつ。


emix | 詩のようなもの | 18:43 | comments(0) | - | - | - |

トイレットペーパーが。

トイレットペーパーがたくさんあるうちは、わしゃわしゃ使う。
残り少なくなってきたら、あわててちびちび使いはじめる。

最初から、多すぎず少なすぎずの、ほどよい量を見極めて
計画的に使えば、残り少なくなっても、後悔はないし、
そして、ついに使い切ったときに、受け入れられるのに。

マラソンもそうですね。
はじめ、無計画に調子よく走って、あとでひーひーと
残り少ない体力をふりしぼって走る。
ついに倒れたとしても、「やりきった」ではなく、後悔は残る。

夏休みの時間のつかいかたもそうですね。
はじめ、妙な余裕でもってダラダラ使っちゃって、
あとでひーひーと一分一秒をあらそうようなしめきりに追われる。
ついに間に合わなくなって、頭を抱える。

ジンセイもそうですね……
……いやいや、いかんいかん、それだけは。


トイレットペーパーに学んで、
まだやりなおしが効く状況を知って、
やりなおしの効かない、ジンセイを
後悔のないようにしなきゃ。

ほんとに。もう、ほんとに。
emix | 詩のようなもの | 12:07 | comments(0) | - | - | - |

こころのなかの、時計たち。

ひとは、こころのなかに
たくさんの時計をもっている。

わたしと、あのひととの時間。
わたしと、あのひととの時間。
わたしと、あのひととの時間。

そんな、ひとりひとり、べつべつの相手との間にながれる
それぞれの時間を、それぞれのかたちで
きざんでいる、時計たちを持っている。


この時計は、わたしのなかにあるけれど、
わたしだけのものではないもの。

だから、わたしの時間は進んでいるにもかかわらず、
とまってしまうことがある。


また動くようなとまりかたをする時計もあるけれど、
そうでないものも、ある。



わたしのなかのこれらの時計は、
すでにいくつか、永遠に、とまってしまった。

ある同級生との間の時計。
あるおともだちとの間の時計。
おとうさんとの間の時計。
気のいいおじさんとの間の時計。
うちにいた猫との間の時計。

これ以上とまらないで欲しいとおもうのに。
無理なのはわかっているけれど、
願うことは、いつまでもやまない。


そして、
とまりそうだ、と
覚悟の時間を持てる時計もあるのだけれど、
前触れなく、突然とまってしまう時計もある。

羽毛のように音もなく、椿のように気配もみせず、
たわいない日常の間をすっとすり抜け
ふいうちのように、思いがけなく。


……きのう、ひとつ、
ふいにとまってしまった時計があって、
こころの整理に、まごついています。


いつまでたっても、
こういうことは、うまくいえません。


できることは、
手元に残った、止まってしまった時計を
この先も、わたしの時間の中でたいせつに残し、
活かしていくことだけではないかと
思ったりしています。

emix | 詩のようなもの | 19:40 | comments(0) | - | - | - |

人生遠視。

おだやかなともだちがいる。
器用に「忘れる」ことの
できるひとでもある。

たとえばこころが低調でも、
それから目を逸らして
「なかったこと」にできる。

なので、つらいこと、かなしいことがあっても
いつもかわらない調子で、
たのしみをたのしみ、
しあわせそうにふるまえる。



だけど、
「目を逸らしてる」だけで、
「忘れたことにしてる」だけで、
ほんとうは、「消えてない」。
消えてないから、
それは澱のように、
こころのどこかに積み重なっていく。

その蓄積は、時間をかけて凝り固まり、
巨大な固く重い落石となって
ともだちを、いつかおしつぶすはずだ。


でも、きっと、
それを伝えても、ともだちは
意識的に「忘れる」ということを
やめないのだろうと思う。

なぜなら、忘れなければ、
「今」を、
まともに生きられないから。

そうして、ひとは
自分をいつか殺すなにかを
日常のなかで、
今を生き延びるために、
少しずつ、育てている。


あるひとつの、幻視のはなし。


-----


※まったくの創作のはなしです。
「ともだち」にモデルはいません。

でも、しんどいことを「忘れる」じゃなくて、
ちゃんと向き合ったうえで「発散」しないとねー、って
思ったりします。

それでも、どうしても蓄積するものはあるようにも思いますが。
そのときこそ、ほんとうの「忘却という幸い」の出番、なのかも。

そして、自分から忘れようとして忘れるのは「逃げ」だけども、
人から「忘れていいよ」ということばで許されることは
「逃げ」にはあたらず、つらいことを、昇華することができる。

「忘れていいよ」、という意味のこと……
それは、身近なことばでいえば、
「気にしてないよ」「ドンマイ」「だいじょうぶ」「かまわないよ」
そういう声かけであると思います。

こういうことが言えるひとになりたいなと、
思いました。


……ああ、このネガティブな話が
一体どこに行くのかと自分でも不安でしたが、
ちゃんとあかるいとこに着地したー。よかった。
emix | 詩のようなもの | 16:37 | comments(0) | - | - | - |

ぼんじんライフ。

わたしは、こころがせまい。

やなことされたら腹がたつし、
あなどられたらくやしいし、
ばかにされたらしかえししてやろうかと思う。

でも、はらがたってるじぶんとか、
くやしい気持ちの手に負えなさとか、
しかえしのあとのむなしさとか考えると
「やだな」
と思うので、
いかに消化するか、がんばるだけで。


たぶん、一生「ぼんじん」からは
卒業できないのだろうなあと思う。

かみさまってすごいなあ。と思うのはこんなとき。


などと言いつつ、
あったかいお風呂に入ったり
おいしいごはんをたべたりしたら
いろいろリセットされちゃうような単純さは、
さすがに、かみさまにはあるまい、と
おかしな胸をはってみたりする、
いち「ぼんじん」のよまいごと。

煩悩という「欲」があってこその、うれしいできごと。

まいにち楽しいです、けっきょく。

emix | 詩のようなもの | 10:17 | comments(0) | - | - | - |
1/2PAGES | >> |

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
RECOMMEND
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
OTHERS
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH