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私たちは、将来の「災害経験を語り継ぐお年寄り」。

紀伊半島の水害ののち、
顔のある本にかいたほうからの、転記。
なんとなく、「あっち調」という
書き方が、できあがってるなあ。


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朝、一昨日にはあふれそうだった某一級河川の広い河川敷を見て、ふと思った。
台風は頻繁にくるから、この河川敷のスペースを
「あそばせとくのはもったいない、なんか建てて活用しよう」って言い出す人はいない
(いても歯止めがきく)のだろうと。

台風にくらべたら「めったにこない(けど来る)」
地震、津波、大火事などのことを思いながら。


江戸は、火事が多かったころは
「延焼を防ぐために、道幅を広くしてた」そうな。
東京になって、それをもったいないスペースだと
ぎゅうぎゅう詰めて家をたてて、
結果、関東大震災のときに一気に燃え広がってしまった。


「めったにこない、でも、来る」
そういう「体験できないもの」にただしく備えるには、
「お年寄りと、伝統と、古い言い伝えを軽んじてはならない」のだと、強く認識した。
そして、いま、わたしたちは、将来の「災害体験を語り継ぐお年寄り」の側なのだよね。

ちゃんと残そう。
そして同時に、将来の子どもや子孫たちに軽んじられないよう、
彼らが自分たちと同じ轍を踏まぬよう、
「軽んじた結果の、私たちの失敗」も、
包み隠さず残さないといけない。


emix | 戦争と人災 | 09:27 | comments(0) | - | - | - |
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