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いきものをたべること。

友人のお父さんから、
「シシあるでー。あと鯉の丸揚げやるで、捕りにいかんか?」とのお誘い。
あれもせな、これもせな、と思っていたものの、
いきまーす、と返事。

たいそううまそうな話の
鯉の丸揚げはもちろん魅力的だったのだけど、
シカのさばきを、以前、一度させてもらった。
シシはまだだったので、ちょうどあるこの機会に
こちらもさせてもらおう、と思った。

で、友人の父宅に着いたら、
「わなに新しくシシがかかっとるで、捕りに行くわ」とのこと。
いつも肉をいただくばかりだったので、
しめるとこから見せていただくよい機会、と
こちらにもついていくことに。

……以下、一般的には残酷な描写などが入ります。
そういうのが苦手で、かつ、肉が好きなかたは、……見た方がいいと思います。
肉を積極的に食べたいと思わないかたで、そういうのが苦手なかたは、
見なくても、いいと思います。

そりゃ、肉は、元・動物の、からだだもの。
「切り身」になる前段階は、それなりです。



軽トラに長柄の刃物、ワイヤー、ロープ、舟(プラのいれもの)を積んで、
山道をしばし。

「あそこ、見てみ」
言われるままに、山道の下をのぞき込むと、
大きな檻のわなのなかに、小さな獣が二匹、入っている。
近づくと、檻に体当たりをして脱出しようと暴れる。

5mmくらいのワイヤーを格子状に二重に組んだ檻には、
体当たりをしたときのものだろう、あざやかな血がついていた。

鼻づらが、赤い。
鼻で体当たりをするのだ、と思った。

これが、生態調査や、治療目的とかで捕獲をするのならば、
「そんなにケガをするほど暴れなくても」と思うところ。
でも、この子らは、殺されるのだ。
いや、私たちが殺すのだ。

そういえば、獣に対して、
殺す気で近づくことは今までなかった、
ということに気がついた。
さんざん、肉を食べてきたくせにだ。

近づけなかった。
檻から5mくらいのところから、
カメラを肩に掛けて、
彼らの個性があまり認識できない距離を
あえて保っていた。

ふさふさした毛がうつくしい、とか、
ひづめがかっこいい、とか、
遠目には気付いていたけれど、
しっかりと意識したくなかった。

猪は、小さかった。
柴犬くらいの大きさだった。

一匹は、首回りががっしり厚く、
もう一匹は、ややスマート。

「この冬遅くに生まれた子やな」
と、友人の父。

人が近づいたら逃げていったが、
はじめ、もう一匹、檻のそばにいたという。
3兄弟だったのかもしれない。

そう。おそらく間違いなく、
この2匹は、兄弟だ。

きょうだい……いや、詳細を考えるのはやめよう。


友人の父と、その友人とで
道具を持って檻に近づく。

ワイヤーで足を引っかけ、動きを止めたところで
刃物で頸動脈を切る。そして足を吊って逆さにし、
血を抜く。

ざっと、そんな手順らしい。

ところで、自分が「食べるために生き物をしめる」に対して
知っている知識(すべて未体験の「しってるだけ」)は、
魚と、山羊。

魚は、首筋(延髄?)を切り、
尾びれのつけねに切れ込みを入れ、
血を抜く。

山羊は、お世話になった沖縄の島のやりかただそうだけど、
眉間を杭で突いて、そして首のどこかを切って血を抜く。

ともに、すぐに動かなくなる。
そういうものを想像していた。

猪の足にワイヤーがかかる。
檻の外から足を引っ張られ、
檻の壁にはりつけられて
身動きのとれなくなった猪に
槍をもったほうが近づく。突く。

……プギーーーーーーーー!!!

今まで、この猪が暴れながら
ときどきあげていた怒りの声とは違う、
明らかな「痛いーーーーー!!!」の
悲鳴が、響いた。

心の一部に、自分が蓋をしたのを感じる。
そして、猪と人間と、違うことばでよかった、と思った。
あれがもし、個性を感じる人間のような声色で「痛い!」と聞こえていたら、
相当、「殺す」という行為の重さに、苛まれる気がする。

種族が違うということは、きっと、そういうことなのだ。
違うから、殺せるのだ。
そこが、おそらくボーダーラインなのだ。
そう思った。

(補記)
最近の戦争のとき、敵兵を「鬼畜○○」と
人間扱いしない呼び方をした思惑は、ここにあるものだ。
いや、もっと昔の戦争のときにも、
「熊襲」「蝦夷」「土蜘蛛」などと
「人間以外の呼び名」で呼ぶことで、
自分とは異なる民族たちを「征伐」する罪悪感の払拭、
また自分たちに都合のいい「正義」の拠り所としていた。
……リアルに、納得しました。


しかし、そのままよろめき倒れるかと思った猪は
全く弱る気配もなく依然と大暴れし、
檻のほうで作業をするふたりは、
猪にかけたワイヤーを離し、
檻のなかでふたたび暴れ出すにまかせていた。

失敗したのか、と思ったけれど、
どうもそうではないらしい。
会話から察するに「頸動脈を切ったあと、動き回らせ、血を出しきる」らしい。
血抜きは、生きているうち、心臓がうごいているうちに、するのだ。

時間は、どれくらいかかるのだろう。
尋ねると、このくらいの大きさなら、
半時間くらいか、とのこと。

大人の猪は、と尋ねると、
半日くらいかかる、との返事。

半日の間、天敵のそばで、傷つけられ、逃げられぬなかであがき、
恐怖か、怒りかは分からないけれど、
間違いなく、痛み苦しみは長きにわたって味わいながら、
そして、徐々に力を失い、死ぬのだ。


……肉をおいしく食べるために、血抜き処理は、欠かせないものという。
それは、「これ」と引き替えに、得られていたものなのだ。

複雑な気持ちになった。
せめて即死をと思った。

猪の首は、赤く血に濡れていた。
もはや時間の問題という状況でありながら、
そのたたずまいは、檻のなかにあっても
「逃げてやる、戦ってやる」という
気迫に満ち、依然として生命力にあふれていた。

(つづく)
emix | 食べもの | 08:17 | comments(0) | - | - | - |
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