<< 今日という今。 | top | いつまでも。 >>

救世観音の「女犯の夢告」とキリストの磔刑

(信仰の深い方はおそらく不快感を感じられると思うので、読まないことをおすすめします。
私はどこの側にも属せないあいまいな人間なので、きっと無茶苦茶なことを書いています)

-----

救世観音の「女犯の夢告」とキリストの磔刑。

ああ、このふたつは同じメッセージだ、と
ふと思った雨の午後。

原罪だなんて自罰的になることはない、
いのちが本能(欲)を否定するな、と。

自分の育った畑が浄土真宗なので
どうしてもここからの用語になってしまうのだけれど、
どの宗教も、根底に流れているものは

「悉皆金色」(みんな違って、みんないい)
「悪人正機」(悪人も救いと慈しみの対象)

という、あまねく全ての人にむかう
「人類愛」なのだと思う。

……知れば知るほど、思えば思うほど、
「宗教戦争」って、
神様や宗祖のかたがたの意思に反していると
思えてならない。


また、あえて「信仰とは無縁」なスタンスでの書き方をすれば、
宗教とは、先祖代々の人々が知恵を捻り、
種の保存と、そのために不可欠な愛の姿を深く深くイメージした結果編み出された、
「戦争をなくし、平和を維持するための仕組み」とも理解できないか。


どの神様を信じるかが自由であるように、
信仰のあるなしも、いっそ、関係ない。
何に依るかは自由だし、正解、不正解はない。
ただそこに、人類愛があるかどうか。

そんな「人類愛」とは、ひとことで言えば、

「いないほうがいい人など、いない」

ということだと思う。



※女犯の夢告……禁欲の戒律の矛盾に悩む親鸞上人が
六角堂に籠もったとき、夢に救世観音が出てきて、
「性欲を消せなくてもいいよ、にんげんだもの。
どうしようもないときは、私がだいじょうぶにしてあげるから」と
言ってもらうはなし。(意訳)
詳しくは、こちらのサイトとかにちゃんと書いてあります。ご参考に。

http://www.jodoshinshu.org/biography/95.html

emix | 戦争と人災 | 16:06 | comments(1) | - | - | - |
Comment
不意に気付いたのだけれど、私は自分が「あなたはいないほうがいいひと」と言われたくなくて、だからひとにも言いたくなくて、それゆえに「それがないのが前提になってる世界」を肯定したいのだと思いました。

posted by emix ,2013/07/01 3:51 AM











07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
RECOMMEND
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
OTHERS
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH