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声が聞こえる。

仕事と向き合うとき、
どうしようと頭をひねるとき、
頭の中で、扱う素材の声が聞こえる。
そして、先達の声が聞こえる。

素材の声は、
「こう作ってほしい」
「こう作られるのは、いやだ」
などなど。

先達の声は、
「それはまずいよ」
「もっといい方法があるだろう?」
「……ふーん」
などなど。

先達は、なかなか
「いいね」とは、言ってくれない。

これは、どんな仕事でも、そうなんだな、と思った。

堂宮大工の人がお寺の修繕をしているときに
作り手の声を聞く、と言った。
木造建築の大工の人が墨付けをしているときに
木の声を聞く、と言った。
マタギである人が山の中で獲物を追っているとき
長老の指示の声を聞く、と言った。

そして私はいま、
デザインを試行錯誤しつつ作っていて、
先輩の声を聞いていた。

ほんと、なかなか
「いいね」とオッケーを出してくれない。

ただ、声を聞けるということは、
同じ道を行っているということだけは、
確かなのだと思う。
まだ辿り着けていないけれども、
まちがってはいない道を進み、
先を行く先輩の後、影、痕跡を
追っているということ。

だから、声が聞こえた、
声を聞けるところにきた、ということは、
この先が開けるという「前兆」だ。

先達の声、素材の声は、
無視することもできる。
でも、無視しなければ、
さらなる高みに導いてもらえる。

どちらがいいか、なんて、
言うまでもないことだ。

たぶん、「アルケミスト」の
「前兆は語る」は、
これと同じことを言っているのだろうと思う。

前兆とともにある、豊かな生を選ぼう。

emix | 思うこと | 17:29 | comments(0) | - | - | - |
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