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花火大会に想う。

先日、7/16に行われた、
第59回伊勢神宮奉納全国花火大会。

この花火大会の歴史をひもといてみると、
茨城の花火師さんが「神宮に奉納したい」と
申し出てくれたことがきっかけで
昭和28年に第一回が開催、
以後、神宮の行事と密接に関係しながら、
続いてきたものだそう。

(……あらためて調べてみたら、この第一回目の大会、
 なんと7時間もやっていたそうで。すごく盛り上がったんだろうなあ)

そのうえに、今回の大会があるわけで。
責任重大と、気が引き締まります。
(じつは、審査のなかの人です)

そして、例年通りなのですが、
宮城県・福島県をはじめ、
東北・関東など、今回のあの大きな災害の
被災地の花火師さんも
多く参加されていました。

花火は、お盆の送り火でもあり。

……今年は、とりわけ、
現地・現場に接していない
私たちには想像もできないような、
いろいろなたくさんの思いが
込められたものであろうと想像しました。


花火大会、まずは黙祷からスタート。
……黙祷という文化があって、ほんとうによかったと思いました。
これがなかったら、きっとわだかまりを抱えたまま、
どう心の整理をしてよいかわからずに、雑念になったと思う。


あえて、シンプルな感想を述べます。
花火、きれいでした。ほんとうに。

花火師のみなさん、
そして、今の花火師さんにつながる
代々の、花火師さんたち。

神宮奉納のお裾分けとして、
きれいな火の花を見せてくださって、
本当にありがとうございました。



……すこし、連想して考えたことがあります。

花火は、火薬を爆発させる力をつかった、
つまり、爆弾と同じ構造のもの。

だけど、とても、うつくしい。
ひかりの点滅。いろいろな炎の色。
空を切る音。はじける音。

打ち上げる人は、うつくしいものを見せたくて作る。
見る人は、うつくしいものを見たくて夜空を見上げる。

その存在と、乗せられた思い、
受け取るこころ、そのどこをとっても、
花火と爆弾は、同じものなんかじゃ、ない。


だから、と思うのです。

「火薬そのものに善悪はない」のだと。

火薬を使う人のこころが未熟であれば
それは、人の未来を奪う爆弾や銃になるし、
火薬を使う人のこころに愛と寛容があれば
それは、夜空にうつくしいひかりの花を咲かせて
ひとを喜ばせるものになる。※

まちがいやすいけれど、
取り違えちゃいけない。

花火を愛でるこころ、
花火のにぎやかさを楽しむこころ。

それらが、成熟した「人のこころ」として
ひとりひとりの中で、
正しい歯止めとして、はたらくことを願います。


……アニメ版「楽しいムーミン一家」でのお話を、
ひとつ思い出しました。

ムーミンママが、金鉱石をもらうか拾うかして、手に入れる。
それは金だよ、売ったらもうかるよ、と誰かが言うのだけれど、
ママは「きれいねえ」と、庭石として飾り、
パパも「きれいだねえ」と、にこにこながめる。

……彼らが、
「ものの価値のわからないおろかもの」と映るか、
仲間と映るか、師と映るか。

そして、なぜ、そう映ったか。

キーワードは、愛と敬意、傲りと侮り。
それらの、自分の中の量。

それぞれが、自分の心の中の「未熟」さと、
ちゃんと向き合わなきゃ、と思う。


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※花火が苦手なかたもいると思います。
 伝わりにくくて、ごめんなさい。


emix | 雑記 | 11:19 | comments(0) | - | - | - |
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